キプロスの王にして若き彫刻家、ピグマリオンは、より美しい彫刻を彫ることを渇望していた。 噂を聞きつけた美の女神アフロディテは、ある時、この天才青年の元に赴き、そのモデルとなっ た。そうして、ピグマリオンは、生涯最高の傑作を作り上げた。 だが、彼はその作品のあまりの美しさに、自作の彫刻の美女に恋してしまった。それからという もの、仕事も手に付かず、心は、物言わぬ恋人のことで張り裂けんばかり。彼女との恋が実らな いのなら、いっそ断崖から身を投げて、命果ててしまいたいとまで思い詰めていた。 アフロディテは若者の心中を察し、彼の前に現れて言った。「お前の願いは叶うであろう。その 名はガラティアである。」ピグマリオンが振り向くと、そこには美しい乙女が微笑んでいた。 ピグマリオンは終生、ガラティアに変わらぬ愛を注いだ。そして、美の女神を賞賛し、各地の神 殿に、その像を彫り続けた。 (ギリシャ神話より) |
この神話から、ピグマリオニズム(pygmalionism)という言葉が生まれました。「人形愛」と訳されます。このお話の根底 に流れるのは愛の力。心から深く愛することで、血の通わぬはずの彫像にも命が宿る。それは、愛することの大切さと、 理想の愛を得るためには自分から愛することが必要であることを語っているようです。 古今東西、人は自らをかたどった彫像や人形を作ってきました。それはなぜでしょう。時には友として、我が子のように 愛する対象として、また、災厄を引き受けてくれる身代わりとして。あるいは、神や仏を崇め祈るよりどころとして、人の形 をしたものが作られました。神が自分の姿に似せて人間を造ったと言われますが、人は、自らの姿に神を見たのでしょう か。いずれにしても、友情や親の愛情を込め、あるいは神仏への畏敬の念を込めて人形が作られたとき、それはただの 物ではない、魂の宿った確かな存在となるのです。 ずいぶん大袈裟な前置きとなりましたが、このホームページの主役は、オリエント工業製のAliceというラブドールです。 このラブドールは愛玩用の等身大人形として生まれた物です。しかし、このAliceタイプを始めとするCandyGirlシリーズ は、当ページや他のオーナーの方々のページ内に展示された写真をご覧いただければわかるとおり、大変可愛らしく、 美しい人形です。この人形を迎えて、それに人格を与え、可愛がることは、少女が着せ替え人形やぬいぐるみを愛し、 友達として仲良く遊ぶのと同じくらい、自然なことに思えます。 また、ある種の精神的安息感をもたらす対象、ドールセラピーとしてのパートナーとなりえることも、容易に理解できる ことでしょう。 このような行動を異常と感じる方もおられるでしょう。それを責めることは出来ません。人にはそれぞれの考え方や信 念があります。同様に、私や多くのドールオーナーの嗜好は非難されるべきではありません。上述のように、それは人と しての極めて自然な感情だから。 ここまでお読みいただいた貴方には、是非、狭い常識にとらわれることなく、胸の内に眠る素直な感覚に身を任せ、こ の世界をお楽しみいただければ幸いです。 |